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この正月、帰省したおりに母の近作の歌をまとめて読んだ。母は、新日本歌人協会佐賀支部の季刊短歌誌『夜行列車』の同人である。『夜行列車』は常時20人ほどの作詠者が揃う佐賀ではよく知られた短歌誌で力のあるひとが多いことでも定評がある。死んだ父も創立段階から参加していた。写真にあるように装丁なども美しく手にしてたのしい作りになっている。
母の近作は2002年9月発行のNO113号から、2003年12月発行のNO118号までに発表された、全部で120首あまり。(このなかから中央の短歌雑誌『新日本歌人』に転載されたものも多い)経済的に余裕があればすぐにでも1冊の歌集を編むところだが、そうもいかないのでサイト上での掲載を先行していく。なるべく近いうちにまとめたい、とは思っているのだが。(2004.1.4)
短歌誌『夜行列車』 自筆原稿

新日本歌人協会佐賀支部 代表・岩本 浩
 〒847-1521
 佐賀県東松浦郡肥前町田野乙481
 エ0955(54)0388

蒲原徳子
 〒849-0506
 佐賀県杵島郡江北町上小田63

■蒲原徳子最新詠

 憤る

むらさきしきぶの名を持ちて庭に生い薄紫の小花咲かせる

欲しい物何でも言ってと娘の電話におむこさんをと笑い弾ける

笑い終えはしたなかったとほろ苦き反省をして闇に眼をやる

娘が一時とまどい耳を疑いて問い返す時われにかえりぬ

良くもまあおむこさんを等言いしよと我と呆れて立ち直り難く

自ずから眼がゆくは昨日よろめきて立ち上がりざまに破りし障子

参拝は状況次第と言う総理責めて甲斐なし信念はなき

攻撃の自衛隊ドーランを塗り実戦さながらの訓練映す

西部方面隊の猛訓練を見入る時耳が鳴るなり戦中派のわれ

自衛隊レンジャー部隊の放映を息詰めて見る一人の部屋に

我が子ならば人を殺す訓練などさせじと思う餓えて死すとも

人を殺し破壊の果てに打ち立つる何の平和ぞ目を疑いぬ

若き隊員の生きる希望は君に問わん人を殺せと教うる人に

降下訓練匍匐前進思慮浅き童のごときゴッコはやめよ

新兵器の前にはだかる武器有りや核の洗礼受けたる国に

匍匐の兵迷彩すとも高きより見逃すはなき蟻つぶしおり

一兵を迫うに一機を以てせし前(さき)の戦の痛み失せぬを

同年の人を見舞いて去り際に執り合いし手のひえびえとして

はげましの言葉残して病室の戸を閉ざし来ぬいずれが先か


浮立の音

アフガンを攻めて米兵の死者なしの報道特集耳を疑う

有事の際守らるるの詭弁信ずまじ原爆投下の惨状を又

日本の若き兵士は前線に押し立てむ下心ありありと見ゆ

父母を夫を逝かせし病院に高血圧の治療にわれも

反有事立法のパンフナース等に渡しつつ言う御自分の事ですよ

己が名を核の空母に奪われてリンカーンは心痛みてあらむ

浦頭(うらがしら)に人道支援をのプラカード高く掲げて泥淵(どろぶち)氏立つ

エンタープライズ入港阻止の先頭をゆくは吾が夫古き写真に

潜水艦浮上して夜を灯す電飾華に佐世保のみなと

遺されて落ち込む我も連れ出され山路日毎に葛蔓(かづら)採り来ぬ

もの言えば涙落ちると取り溜し葛の若蔓籠に編みつつ

山腹の堤(つつみ)に鴨の群れ泳ぐ汀打つ波羽ばたきの音

竹林の茂みに採りし山菅(やますげ)は白くほのかに咲きて静もる

ふり返り手など振る人ではなかりしと亡夫を思いぬ夢に手を振る

街中の屋根に勤かぬ青鷺は絵になりますねゆらりと翔ぴぬ

豊作を祈る祭りの浮立の音とどろき渡るとの曇る空

八人の輸で囲みたる行者杉雨が育む日田のみち

人間の小さき歴史見て来たる七百年杉の威容に圧さる


骨析身辺

大型車過ぎてゆくらし遠きより潮騒に似る街の音する

有明海(ありあけ)の魚介アレルギーの我が為に心くだきて調理せられき

仰臥して雲さまざまに流れゆく見つつ倦かざり広き玻璃戸に

太平原の羊ともなり海原のさざなみとなり雲は漂う

沖辺より怒涛となりて打ち寄する様相となる冬の黒雲

淡彩の座布団となる雲が浮きその上にわれ夫を座らす

骨折の二人興じてきりむすぶアッチムイテホイ病室(へや)が明るむ

骨折の左手かばいふり出だす幼子の指きらめく早さ

母親の手をふり払い生来の腕白に戻る骨折の子が

退院も間近となりし五才児の親子で吊るすテルテルボーズ

トンネルを出入りする車絶えずして都市高速の夜が更けゆく

夜勤のナース足音もなく小走りに行き交う気配す師走の廊下

帆柱山(ほばしら)のロープウェイも灯されてむかし歌会に集いし憶う

次々に波打ち寄せて岩礁に上げし飛沫の輝きて散る

元朝の潮湯を泳ぐ老婆居て孫が大きな眼を開き追う

玄関が見えて来たでしょうリハビリの長野先生告らすやさしく

甘えてはならじと我を戒めて辛きリハビリに時を刻めり

地面を歩むリハビリに出て自梅の三分咲きに会う畑のかたえ

白梅に南天の実を活け合わせ月おくれの春よと亡き人に言う


新兵器

井戸までの苔美しき小道ゆく音なく春の雨降る朝

夜の間に降りしか雨に洗われて楓黄緑の若葉輝く

サッシ開けて縁に春日の暖かく目自入り来て首かたむける

焔赫きバクダットの映像は広島長崎を灼きし血の色

新兵器つぎつぎ襲う猛爆に新刀試し切りの言葉重なる

備蓄せる核兵器あらばいち早く猛爆は防がれむイラクは無力

百万の戦車が来ても勉強は続けましょうとパレスチナの教師

新しき町政を展く鍵持ちて今さわやかに土渕氏立つ

初夏の並木つづきに欄千の朱塗りが見えて祐徳院近く

芦(よし)葺きに屋根を作しゆく匠等の技は見倦かず神野の茶屋の

お母さんお母さんと聞こえたりMRIのドームの中に

MRIの骨折検査終りに近くまあーだまあーだど耳に響けり

病室の暖房に髪逆立ちてアフガンの子等の寒夜を想う

難聴の耳にも届く波の音カンポの宿に年が明けゆく

英彦山(ひこさん)登りの山男にとふさわしきランプシェードにコスモスを彫る

鬼が鼻黄砂に煙り頂きは見えず柳の新芽なびけり

鯉群るる祐徳院の川底に餌にはならぬ小銭投げある

花ぴらを食む鵯(ひよどり)が来ては去り開くひまなき庭の侘助

庭隅の八重自桃は咲き満てり闇に沈みて尚美しく

絵葉書の枝垂桜を飾る部屋嫁(こ)と共に在る心地しており


藻の化右

寝転びて世間話の旅の宿総理は替えようと灯りを消しぬ

そそり立つ藻(そう)の化石に言問えば三億年のひびき伝うる

七つ釜の旅青空に栴檀(せんだん)の巨木は花の満開にして

通学の道路に拾い名を問える娘の手にあるは栴檀の花

大木のうす紫の栴檀は斯(かく)もやさしく試歩の道すじ

栴檀の花咲く樹下に立ち寄りてまざまざと浮ぶ夫との会話

試歩の足延ぱして栴檀の樹下にあれば双手をあげて娘が走り寄る

ほそぼそと梅雨の雨降る試歩の道幾曲りして仰ぐ合歓の木

合歓の花枝さしのべて咲き満てり傘をたたみて杖にしてみる

骨折の腰椎は痛むを梅雨空の晴れよと念う昨日も今日も

降り続く糠雨の昼いっしゅの香を焚くなり手作りの香炉に

唐突に蜩の声湧き起る五十三歳子の誕生日

生前の兄に見せたる年咲きて貝母(ばいも)は咲かず去年も今年も

植え更えの鉢をえらぶと久々の小雨に濡れし背中冷え来る

来る年の花を恃みて植え更うる貝母は言はず明日の命を

毛布干すと物干しを拭く間もあらず梅雨のならいの音立てて降る

木立深く細く涼しき鳥の音が今日もしており姿は見えず

うたたねの枕こわいとつぶやけぱ心得て娘が孫と持ち来る

味気なき減塩と減脂にいささかの寿命を伸ぱし何が楽しき

豚肉と夏野菜大ぶりに切り今夜は私の野戦料理

いっしゅ……火へんに主という字がなく、ひらがなにしました。
貝母……百合科の多年草


春は花

春は花秋はもみじと入れ替うる仏壇の花器亡夫の湯呑みも

十姉妹が今朝は一羽で庭に居り野良猫はひっそり狙う構えに

半眼に静もり給う薬師寺の薬師如来のあたらしき指

戦前の西の浜の白砂に姉弟らし等身大の彫砂せられき

美しき裸婦作らるると若き日のわが眼に灼きぬ白砂の像

白砂をかき寄せ作りて消されゆく浜のはかなき裸像の極美

漕ぎ寄せてあがる鳥鳥岩かげに貝殻拾いき陽が落つるまで

終戦の浜の渚をゆくわれをさえぎりて若き兵士は立ちぬ

旧盆を過ぎての猛暑に今年遭う陽に灼けて尚夏が好きよと

彼岸すぎの台風が秋を運ぴしか風の匂いも身にすがすがし

飲まざれば佛の如き弟の酔余の傲り許さずわれは

体調が戻らぬままに捨ておきし肌色彼岸花どっと咲きおり

O脚のわが影を見し鷲きも芒々として岨道をゆく

取的のまわしとコルセット締め居れば大関よ横網よとうるさき外野

八十三歳の我を祝うと花束きて一人の部屋もぐっとはなやぐ

前回より点数上げて更新の講習おわる涼し秋風

緊張も解けて免許更新の列に加わる銀髪のわたし

盛り上がる旅の一夜の残滓など置き参らすは許し給はれ

灯の入りし灯篭をつけたをやかに乙女は舞いぬ山鹿の夜を

若き日に思想を問えばためらわず板垣死すともと言いし弟


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