その2,常温蒸留泡盛『白百合』

藤野に最近越してきたシゲちゃんは、巻き毛と野性的な顔つきがちょっとジム・モリソンを思わせる好漢である。1970年の生まれというから、わたしより20歳年下だ。奥さんは看護師で、かれは主夫業を受け持ち、ふたりの子どもを育てている。電気関係にくわしく、その腕前は高性能の真空管アンプを手作りするほどだという。かれとは去年(`03)の5月、「藤野ぐるっと陶器市」のとき、牧野の陶釉舎で行われたロックコンサートで話をするようになった。このコンサートは藤野では最もタイトなバンドとして知られているT・ボーン・シェーカーズが毎年この時期に行っているもので、当日は夕方からたくさんのひとが集まってきていた。ひと通り演奏がなされて、おおいに盛り上がり、そのあとでバンドが休憩にはいったとき、わたしにご指名がかかって、スライドプレイと自作曲を唱う機会が与えられた。わたしは2曲唱った。そうすると唱いおえたわたしに、シゲちゃんが遠慮がちに話しかけてきてくれたのである。それがかれとはじめて話をしたときだった。
シゲちゃんは、わたしのプレイを気に入ってくれたようだった。それはまあよかったわけだが、ここからさらに夜が更けてコンサートがジャムセッションに移っていったとき、シゲちゃんのハープが炸裂したのだ。わたしは驚き、居合わせたひとたちもおおよろこびして、場は最高潮に達した。
というわけで、シゲちゃんの多才ぶりがしだいに明らかになっていくわけだが、かれが天然キノコを採集、調理することにかけてすぐれた知識の持ち主であり、世界の食材についても該博な知識と調理の経験をもち、日常の食生活においてもプロはだしの腕前を持っていることが明らかになるにおよんで、この年若いあらたなる友人について、わたしはただ感心するよりなかった。
さて、前置きがずいぶん長くなったが、今回はそのシゲちゃんがわたしにプレゼントしてくれた酒の話である。かれがごちそうしてくれた数々の料理については、かれ自身が別の場所にくわしく書くことだろう。(最近、かれも自分のサイトを立ち上げるべくがんばっているようだ)

わたしはふだん酒をほとんど呑まない。それは健康上の理由からではなくて、主に経済的な理由によるのだが、おかげさまで飲酒にともなう不調などからは離れていられる。その反面、もともと酒はなんでも好きなので、毎日の食事がエサ化するような気がし、少しょうさびしい。それで、もろもろの行事やら来客、在のアーティストたちの1品持ち寄りパーティなどではつとめてたのしく呑むようにしている。
ここで、呑むとなれば何を呑むか、という問題が出てくるわけだが、先に記したように、わたしはアルコールだったら何でも呑むというタイプだ。応用が効くのはいいとして、その分節操はない。そういうわたしではあるが、やはり乙類焼酎のうまいやつに目がないことは否定できない。わけても泡盛や黒糖酒、壱岐の麦焼酎猿川(サルコー)などには思わず頬がゆるむ。
現在、日本の焼酎は需要の拡大にともなって機械による高温蒸留が一般的になった。これは大量生産というだけではなくて、各メーカーが焼酎になじみのないひとたちにも味わってもらえるよう工夫したということも含むのだが、結果として個性的な雑味やくさみを取り除き、腰を奪って軽い口当たりにしてしまった。といっても、その成果が焼酎の需要拡大に結びついたのはたしかなことだろう。だから、あまり否定的になってはいけないのだが、むかしながらの常温蒸留の焼酎を味わうことは、やはりこの邦の酒飲みにとってひとつの到達点であることもまたたしかなことだろう。
常温蒸留の焼酎は現在、焼酎王国鹿児島でも1軒しかつくっていない。沖縄本島の泡盛もどうやらほとんど高温蒸留になってしまったようだ。
ここで、シゲちゃんがわたしにプレゼントしてくれたものを紹介すると、それは石垣島の焼酎『白百合』である。シゲちゃんによれば、「石垣島の泡盛の醸造所は6軒で、池原醸造所の白百合はなんと夫婦二人で経営しています。昔ながらの甕熟成法というやりかたで、地釜をつかい蒸留します。精製度が低く泡盛本来の黒麹臭が残ります。この方法で作ってる醸造所は6軒中確か3軒です。泡盛本来の風味を残した今や貴重となった泡盛ですねー!」ということである。
たしかに、雑味成分が残っているせいで寒いところに放置すると「花」が浮く。蓋をあけると香りが濃くたつ。味は高温蒸留された焼酎にはとうてい望めない舌にとろりとして、鼻から喉へふくよかさが持続する感じ。がぶ呑みする必要がない。じっくり味わえて酒の物語を聞くような陶然とした気分になる。

シゲちゃんにはその後、たいして礼をしていない。
それどころか、わたしが35年もむかしに使っていたエレキギターを修理してもらったりした。
まったくお世話になりっぱなしである。
桜の咲くころ、シゲちゃんをさそってアミガサタケでも見つけにいこうか。(2004.2.5)
※シゲちゃんには本稿を校正してもらい、まちがっていたところを訂正しました。(2004.2.7)


TOPにもどる

COOKINGのTOPにもどる