第3回岩茸(いわたけ)


イワタケ地衣類のなかでも数少ない食用種として、また採集の困難さが伝説的に語られたりして、食通のひとたちからおおいに珍重されている。そのせいか山国にいくと、幻の珍菜としてほんのちょっぴりの佃煮に法外な値をふっかけられたりするから油断がならない。しかし、最近では各地の土産物店でビニール袋入りのものがふつうに売られているのをみる。金額はとみれば、さして高くもない。ひょっとして日本以外のアジア産なのか?まあこの際詮索はよそう。山登りに縁はないけれどもイワタケには興味がある、という方はこういったものを利用されると手っ取り早くてよい。とりたてて味も変わらないのだから。

▲乾燥したイワタケ。このままではもろい。
15年ほど前、わたしは奥多摩の渓谷でイワタケの群生に出会った。もちろんここでその場所を明らかにすることはできない。ひとり占めしようという魂胆というより保護を考えたいのである。(ホントです。)ただ、そこは「えっ、こんなところに」と驚くような、しごく安易なアクセスが可能な場所だったとは申し上げておこう。ほんらいイワタケは深山の断崖(石英質の岩盤からなる垂直岸壁)に着生して、年にちょっとずつ成長していくものである。ところがわたしが出会ったのは断崖絶壁ではなくて、山道をわずかに横にそれたところで、そこにイワタケは地味に、しかし着実に生を展開していたというわけだった。つまり、クライマーでもないわたしがイワタケに出会えたのはまったくの偶然だったのだ。
地衣類とは?
特別な植物で、菌類と藻類が共生してできている。菌類は藻類にすみかと水を与え、藻類は菌類に対して自身が光合成して得た炭水化物を供給する。代表的なものをあげると、石碑などの表面を朱色に染めるアカサビゴケや、亜高山帯の樹林にみられるサルオガセ、もっともポピュラーなのが梅の木につくウメノキゴケなど。ウメノキゴケは大気汚染に弱く、分布状況を調べることで公害の状況も推し量ることができるという。なお、食用となる地衣類にはサルオガセ科のバンダイキノリや他にエイランタイ、ホネキノリ、ヤマヒコノリがある。地衣類ぜんたいでみると、日本では約1000種類が記録されている。(参照・
「野外ハンドブック13『しだ・こけ』」岩月善之助・解説 伊沢正名・写真 山と渓谷社刊、 『山菜』清水大典・解説 会田民雄・写真 家の光協会刊)


▲しばらく水につけておいたもの。この段階で石付き
を取り去る。そうしないと石英の粒をかむ。  
さて、料理だが、一般的には酢の物にする。なぜかというとワカメのような食感だからだ。今回はそのバリエーションでたまごあえにしてみよう。最初に、水につけてふやかしたものをゆでる。時間は沸騰して5〜6分もおけばいいだろう。次にこれを目の細かいザル(ステンレスのザルがいい)に入れてぎゅっぎゅっと押し付けるようにもみ洗う。何度もくりかえす。水道の水を出しっ放しにした状態でやってもいいし、水をはったボールのなかでやってもいい。その場合はこまめに水をとりかえる。どんどんちぎれてちいさくなるが、気にせず続ける。黒汁がでなくなり、水が濁らなくなったら汚れはとれている。水気をしぼって、てきとうに切っておく。
次にかきたまごを作る。これは各自それぞれのやり方で作ってもらってけっこう。わたしはまずバターがあれば匙に山盛りを片手鍋に融かす。ついで鶏卵1〜2個を割り入れ、片手鍋をガスの火から極力遠ざけながら中味を菜箸でぐるぐるかきまわす。鍋は決して直火にはかけない。根気よくかいてはかいて、卵がふわふわにかたまったらできあがり。 浅めの鉢にイワタケをもり、上にかきたまごをおく。好みでアサツキかワケギを散らしてもよい。今回はノビルを散らした。皿のふちにトマトを櫛形に切って並べたりするとたのしくなる。
 さて、このうえからタレをかける。タレはニンニクやショウガを多めの油でいためたところへ、だし汁、酢、みりんを入れて煮立たせ、ごま油を加えてから熱いうちに全体にまわしかける。やり方はいろいろくふうできるが、いずれにしても酢は最大限効かせた方がよい。


▲器は大分県在住の陶芸家、大野史郎のもの。  
「イワタケのたまごあえ」のできあがり。たべる直前にかきまぜる。しゃきしゃきした歯触りの奥から深山の屏風のような崖にたたきつける風の声が聞こえる。(…なわけないか)たまに洗い残った砂粒みたいなもんが歯に当たる。石英質の粒だからじゃりっとした感じ。へたすると歯が欠ける。まったくこれぞ野性の味である。断崖絶壁をロープでおりてさがすイワタケ採りのプロもいるらしいが、こんなもんに生命なんかかけるなよ、と思いつつ、酒もないのに箸はすすむのだった。
(2001・3・7)

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