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フィールドノートB
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 2001.1.16

■ふりかえる秋■
 ふとんからなかなかぬけられない朝、小学校2年生の長女はふたつの目覚まし時計を枕元において前夜の準備よろしく、時間きっちりとびだしていく。娘が通う小渕小学校は甲州街道沿いにあって、上野原方向からくるバスに乗り、ほんのちょいと揺られていくのだ。
 学校は、桂川が相模湖へ流れ込む地点からほど近い山裾に、いまでは珍しい木造建築校舎のあたたかなたたずまいをみせている。もちろんすべてが木造というわけではなくて、体育館や図書室、理科室などは鉄筋の校舎で、木造校舎とは渡り廊下でつながっている。
 この小渕小は、はやくから地域の人材を「コミュニティ・クラブ」という教育ボランティアに組織して実際に生かしている。そこにはサッカーなどのスポーツから、語学、手話、料理など幅広い人材が集い、子どもたちに現場の先生方とはちがった角度で教育の実を与えているというわけだ。
 なんといっても、わたしのようなぐうたらな人間でもボランティアになれるところがいい。わたしがなにをやっているかというと、「自然クラブ」に集まる子どもたちと、ボランティアのお母さんたちのあとからのこのこついてまわるという役割なのである。あいつは山を徘徊して荒らしている、とでもいうようなうわさがたっているのかもしれず、それはもう遠からず当たっているので、やはりわたしとしては罪滅ぼしを考えないわけにはいかないのであった。
 某日、学校にほど近い山をひとりで歩いて木の実や草の実の状態を調べていたら、コナラの林のなかでドングリの芽吹きをたくさんみつけた。苔の緑との対称がきれいで、思わずデジカメのシャッターを押していた。

 冬の気配がどんどん濃くなる山。秋の思い出が急速に薄くなる。この秋のフィールドノートの空白を埋めなければならない。デジカメが記録してくれたデータを参考に、ぼんやりした頭から記憶を絞り出してみよう。
 今年の秋は期待にたがわず各種のキノコを我が家にもたらしてくれたが、なかでも収穫が多かったのはアカモミタケだった。(左の写真はフラッシュのせいでキノコほんらいの美しいオレンジ色が飛んでいる)特徴がしっかりしており、安全なので、近所にも配った。その際、炊き込みごはんへの利用を薦めておく。おいしいキノコで、どんな料理にもあう。我が家ではシチューにも入れた。
 右の写真はバカマツタケ。標高400mくらいの、尾根筋の斜面でみつけた。身体をかがめて這うようにして移動していると、なんだか香水のような香りがする。あれっと思って足下の厚く積もった落ち葉をよけたら、現れたのである。めったにみつかるキノコではない。雑木林にでるマツタケ。すなわちバカ。輸入もののマツタケなんかとは比較にならないくらい香りが強い。本物のマツタケに一歩もゆずらない風味の持ち主でもある。網焼きにしたら日本酒が欲しくなった。

 ところで、一般的にキノコは食べ物のなかでは比較的に好き嫌いをいうひとの多い部類にはいると思うのだが、まして天然キノコとなるとそれはいっそうはなはだしくなるのではなかろうか。これは変わった例かもしれないが、身近にエビ、カニ、イカ、タコが食べられないひとがいて、そのひとは味の濃いものはもっぱら敬遠するたちだが、ふしぎなことに天然キノコはおおむねOKなのである。そのひとというのは、じつはわたしのかみさんで、その彼女が好むキノコにカノシタがある。左の写真がそれ。白からクリーム色をした清潔なキノコで、ひだは細かい針になっている。生のときにはもろい肉質にも関わらず熱を通すと独特のこりっとした食感がうまれ、ほのかな樹脂の苦味のようなものが舌にさわやかだ。これが今年はわんさか採れた。おおかたは茹でて茹で汁ごと冷凍保存してあるがこれを冬場のあったかいシチューなんかに使うことができるのは、いわゆるグルメ指向とは無関係に、なかなかにぜいたくなことだと思っている。
 右の写真は
サクラシメジ。今年もたくさん採集できた。とてもきれいなキノコで、群生するからみつけたときのよろこびがおおきい。ああキノコだ、というしみじみ感がある。高山では8月の下旬には発生する。わたしとこのキノコの初めての出合いは15年ほど前の奥多摩の天目山だった。林床をびっしりと埋めた遠目に桜色のキノコに、ただ感嘆したものだった。あのころはキノコの知識がなく眺めていただけで、戻ってから図鑑を引いて始めてその有用性に気付いたくらいである。
 ローランドのこのあたりでは9月の下旬から10月にはいらないと発生しない。その年の雨の量にもよるが、わりに安定した発生をみる。もっとも発生場所はひんぱんに変わる。あっちの尾根、こっちの斜面と年ごとに大量発生の場がちがう。そこを見極める楽しさもまたかくべつだといえる。
 大人の味をもっていて、ほろ苦く、タマネギとケチャップ炒めにしてごはんのおかずにしたり、炒めてからナンプラーなどの魚醤を使って味付けするとうまい。
 11月。コナラの林であたたかく合唱していたキノコたちがすっと姿を消すと、厚い落ち葉の下からもっこりと顔をだす。それが
ムラサキシメジである。このあたりのものは土質によるのかあらゆる図鑑の写真に比較してずっと青みが勝っている。さしてほこりくささも気にならないし、味はよくない、とするガイドブックも多いのに、このあたりのものはたいへんにおいしいスープがとれる。うまく料理するコツは、幼菌を使うことだろう。傘が開ききって、てっぺんがちょっとでも茶色がかっていたら採集しないでおく。今年、残念だったのは晩秋に雨が少なくて発生量にとぼしかったこと。まあ、こういうこともあり、である。


 今朝、外気温は-7度。子どもが水を張って外に出していた洗面器はそっくり凍結していた。春はまだ遠い。キノコの季節まであと3ヶ月。待ち遠しい。アミガサタケに各種のキクラゲが野山にひっそり姿を現わすまで、昨年の秋の思い出に浸ろう。

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