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フィールドノート(22)
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 2007.8.28

 ■行きそびれし路■


キアミアシイグチは苦味が強く、食用とはならない。しかし、きれいな菜種色なので暗い森でもよく目立つ。
夏休みも終盤にかかって、子どもたちといえば、いいかげんダレてきている。この夏は佐賀の母が一時的に倒れたこともあり、一家で出かける機会がなかった。それで近場のフィールドにでも弁当もっていこうや、ということになった。こういうとき、車で標高1000mくらいひょいと行ける地の利なのは助かる。太陽が午前中からじりじりと焼けてくるなか、1時間強山道を走ったら、軽ワゴンは峠のてっぺんに達したところでエンジンがオーバーヒートしていた。あわてて機関をのぞくと、冷却水がほとんどなくなっている。どうしようかと思ったが、幸い自然水のあるところで、そこから補給、車はしばらく放置してことなきをえた。専用液ではないので、この先ちょっと心配だが。
不明菌。去年もみた。リングを描いて発生している。
傘径は大きいもので12〜15cmはある。
毎年おなじところに発生する律儀なキノコがある。例年おなじような時期に山にはいると決まって顔をあわせる。ところがこれが正体不明ときている。食欲をそそる菌体ではないので、あまり気にもかけないし、あえて名前を調べようという意欲も湧かない。なにしろ相手は5000種ともいわれる大所帯だ。1000種を網羅する図鑑でもどうにもならない。たぶんフウセンタケの仲間だろう、とか、いや、アセタケの仲間か、などしばし頭を悩ます。素人キノコ探偵のヘボ推理。 キノコや山野草の観察には同じ場所に季節を変えて何回も通うことが求められる。だから同じキノコや草花に何度もめぐりあうことにもなるわけだが、これが安心感とともにマンネリもさそう。ふりかえって考えてみても、この町の山という山を巡ったわけではない。他県ともなればまるで未知、神奈川、山梨、佐賀、沖縄の4県はまずまずとして、他はまるで判らない。そんななかで、自己の自由時間を裂くようにしてフィールドに出かけている。一生かかっても全国行きそびれる路ばかり、というのが現実だ。

キバナアキギリ。シソ科。山道の灯りのよう。
で、それが何か不満か、というとそうでもなくて、ひとつところを深く追究することはきらいではない。むしろ性に合う。思考世界がもともと狭い。つまり、身の丈に合っている。そうと了解し、合点もして月日が過ぎる。そうするとどこからかひゅうっと風が吹いてきて、思いを吹き飛ばしてくれるのだ。「おまえはなにをしているのか」と。目をあげるとそこには行くことかなわない遠い路がある。
カワラタケ。傘うらが真っ白なので発生したばかりだ。
ヤマジノホトトギス。なんと渋く、強さのあることか。
ヤマジノホトトギスは広分布種だが、低い草丈とマッチした小型の花がおもしろい。他のホトトギスとちがって懸崖咲きにならない。そそとして美麗。
小群落をつくる。道のきわまで生えているので、踏まないように歩く。
草成りのニガイチゴ。たくさん成っているのに……。
低地のクサイチゴそっくりで、いかにもうまそうなたたずまいだが、口にしたとたん、なんともいえない苦味が舌にまとわりつく。薬酒にするなど使い道がないものか、と再三思うものの、実行に至らない。目立つ赤だから捕食者は確実に存在するはず。それは鳥だろうか?虫だろうか?まさかのほ乳類…?


王子蓮。炎熱の夏は蓮にとっては好ましいものだったらしい。
かみさんが庭と玄関先とに2鉢に分けた蓮がどちらもみごとな花を咲かせた。やはり蓮は亜熱帯の植物だ。


おしまいに、ひとつクイズを出したい。上の写真はいったい何でしょう? 身に覚えのある方はいかほどおられるか。早々に種明かしをすると、これはムカデの刺し痕の証拠写真なわけで、被害者はといえばわたし自身なのです。いいかげん脂肪ののった中年男の腹を刺すとは、いかなムカデとはいえ物好きな…という話ではなくて、わたしも露出の趣味はなし、おおかたのご趣味にもそぐわないことは確かなのに、あえてこの写真を公開に及んだについては、一種の座興でありますればご容赦のほどを。
さて、この夏は蚊が少なく、ずいぶん助かった。ところがムカデは例年になく多く発生していろいろと悩まされることが多かった。6月の始めだったか、早朝5時ぴったり、仰向けに寝たわたしの背中と敷き布団のシーツの間を、精密キャタピラみたいな上下動で横切ったヤツがいた。それはもちろんムカデ以外のなにものでもない。直感的に判った。わたしは跳ね起きた。まわりを探すが姿がみえない。かみさんと3人の娘たちはまだぐっすり眠っている。背中に残る生々しい感触。あれが夢だったとは思えなかった。しかし、そのムカデの姿がない。かまえた枕の振りおろし先がなかった。わたしは不安と不満の交錯した気持ちで2階から台所へ降りた。気分直しに、早めに子どもたちの弁当を作る日課にかかった。それから30分もしたろうか、2階からかみさんの悲鳴があがった。あ、やったな、とわたしは台所仕事の手をとめて2階への急な階段をあがる。かみさんはむかいのポッチ山に響くくらいの声で叫んでいる。わたしの顔をみると「ムカデがいたんだよ。あたしの背中を這いまわったんだよ。なんとかしてよ!」と公共施設の不備を責任者に訴えるみたいに、わたしのことを言葉でど突きまわすのだった。子どもたちは寝起きでぼんやりしている。6畳間いっぱいに敷きつめられた布団をめくっていくと、そいつはてらてらと光る背中をみせて、突然あらわれた。親子5人があっといった。わたしが丸めた新聞紙を振り下ろすより先に、そいつは敏しょうに物陰へ逃れる。ドアの隙間から家具の裏側へ消えてしまった。
生まれてこのかた色んな虫に刺されてきている。そのなかでムカデに刺された痛さは、あきらかにランキングの上位にくると思う。ざっと振り返ってみると、
虫刺され痛さランキング
○1位 スズメバチ……はんぱじゃない。焼け火ばしを突き刺される感じ。
○2位 アシナガバチ…けっこう痛い。子どものころよく泣いた記憶あり。
○3位 ムカデ…………痛さのイメージが虫の姿形によって増幅される。
○4位 ミツバチ………捉まえて割って蜜を吸っていた。刺されて当然だ。
○5位 ヤマアリ………しつこい痛さ痒さ、もうたまらん。
○6位 ブヨ・蚊など…おなじみの痒さ。
ランキング外赤丸超1位はカバキコマチグモ。これはわたし自身は体験しておらず、友人が目の前で刺されたのを目撃した。小学校4年くらいだったと思う。友人は学校でも体力的、精神的に強い男の子だった。(ちなみに1学年10クラスで、50人1学級の1学年500人。全校生徒は3500人だった)
カバキコマチグモは日本産蜘蛛のうち唯一の毒グモで、泣叫びながら七転八倒する友人のことは、近所に助けを求めて走った記憶とともに頭から去らない。

ということになる。
さて、件の消えたムカデはその朝のうちにのこのこ階段を降りてきたところを娘たちに発見され、わたしが竹棒で潰した。全長が20cmほどもあり、ぎょっとするような油で、潰しあとには洗濯用粉石鹸を撒いておいた。
わたしが写真にあるように実際にムカデに刺されたのは数日前のことだ。たくさんの足が腹まわりを這いまわる感触と同時にぎりっと刺され、夜中の2時くらいだったか、電気をつけたときには暴力ムカデはどこかへ逃げたあとだった。対抗暴力人間としては安眠を妨げられて、不満のやり場もないわけだが、虫のことだからしょうがねえな、という気持ちもあり、電気を消してそのまま6時までぐうぐう寝てしまったものだった。
田舎に住むということは、虫との共存という現実を受け入れることが前提となる。
虫に関する話は尽きないが、今回はここまでとしよう。 (2007.8.28)
             

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