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 2006.7.4

 ■岩茸(イワタケ)採集行■



梅雨景色。遠くに中央高速の高架がみえる。湖の向こうは藤野、吉野地区。
イワタケのつく岩。石灰岩の絶壁に着床するのがふつうである。
6月某日、写真家の岳ちゃんと、音楽&料理でいつもみんなをたのしませてくれるシゲちゃんのふたりを誘い、奥多摩に岩茸の採集にいった。シゲちゃんとこのおチビさんも同行。同日は薄曇りで岩茸の採集には絶好の日和だった。わたしが奥多摩で岩茸の生えている場所を「発見」したのはかれこれもう25年くらい前のことだが、その後10年以上たって1度おとずれたきりで、今回はよく数えてみたら、それからなんと13年ぶりの再訪であった。
珍味といわれ、昔から神秘的な薬効までうたわれてきた岩茸であるが、初めてのひとだと、これがそれだよ、と教えられるまではそれと気付かないくらい地味なものである。幸い、場所はまったく荒らされておらず、全体に数は減るどころか増えているほどだった。環境が良好に保たれていたのだ。岩茸は極端に成長が遅い。5cmほどの直径に育つのに10年かかるという説もある。わたしは10年ごとぐらいに訪れて、少々をいただいていく採集者であるが、そのくらいのサイクルが岩茸にはぴったりなのだろう。世の中には毎日朝からステーキでいい、というひともいるらしいが、毎日岩茸を喰うというのはいくらなんでもありえない話だ。生涯に5〜6回でいい。そうすることが幻の食材らしいし、資源の保護にも役立つと思う。シゲちゃん親子はサバイバルみたいにがんばって採集。岳ちゃんは岩茸との遭遇は初めてとのことで、盛んにシャッターを切っていた。
湿り気をおびている場合は表面の緑があざやかだ。乾くとぱさぱさになってもろくなる。取扱いがむずかしくなるので、この日のような、数日雨の続いたあとの曇天というのは最良の採集日和だったわけだ。

アナグマ。メスだった。妊娠している。乳首があざやかなピンク色で、双眼鏡でみているこっちがびっくりしてしまったほどだ。額中央のラインはハクビシンとちがって、白くない。
岩茸採集行のあと、それぞれの家族を交えてパーティになったのはいうまでもない。シゲちゃんはレタスにくるんで食べる、ハルサメやいろんな具材の炒めたものを持ってきてくれたが、これが絶妙の味だった。岩茸もそのなかにうまく融けこませてあった。わたしは岩茸を胡麻酢と青紫蘇であえたものを供する。こういう宴は久しぶりで、互いの子どもたちもよろこんでいた。ところで、その場で我が家が参加者にみせたのがアナグマの画像で、それはその数日前に家の裏手にある畑に出てきたところを撮影したものだった。「お父さん、ハクビシンがいるよ!」と子どもたちが騒ぐので、2階の屋根にあがってみると、たしかに動きまわる動物がいる。それがじつはアナグマだったのだ。

アナグマは地下深くに長大な迷路のような巣穴を作ることで知られている。清潔好きで、湿った敷き藁や枯れ草は日光に当てて乾かすという。古来、タヌキ汁として美味さをうたわれてきたのは、ほんとうはアナグマのことで、タヌキは解体のさい、あやまって肛門のそばにある臭腺をつぶすことが多く、臭くて食べられなくなる場合が往々にしてあるという。我が家は動物愛好家が揃っていて、このアナグマちゃん、晩飯の菜になる事態は起こらなかった。


ホタリブクロなど。濃淡さまざまな色合いがあり、それぞれに風情がある。

シモツケソウ。藤野でも自生地はあまりないと思う。アカソがまわりにたくさん生えている。
じめじめとした日々が続いている。人間がくさくさしているこんなとき、植物や菌類は盛んに活動、成長しているのだろう。最近、さすがに肉体的な衰えを自覚するようになってきた。ほとんど肉体を鍛えていないのだから、それも道理ではあるが、肉体というものはただ鍛えていればいいというものでもあるまい。どっちみちハードな山には登れなくなる日が早晩やって来る。そんなわけで、若いふたりを岩茸の生えている場所に案内した。わたしがもう登れなくなっても、かれらが後を見守ってくれるだろうと思ったからだ。ふたりにそういうと、そろって一笑した。
「きっとぼくらがさきにくたばりますよ」と。
やさしいやつらである。           (2006.7.4)
             

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