FieldnoteのTOPにもどる

フィールドノートO
TOPにもどる
 2006.6.5

 ■雨とキンラン■


この季節、林縁にキンポウゲ科のうつくしい植物が開花して野の花を愛でるひとたちの目をたのしませてくれる。それがハンショウヅルである。始めてみたのはわたしが18歳になって九州から神奈川県に出てきた年のこと。現在の伊勢原市(当時は伊勢原町)は愛甲石田の社員寮のあった地の周囲をめぐる、まだ鄙びていた農道で出会ったのだった。あのときの感動は忘れられない。ぶらぶらと散歩をしていて偶然出会ったわけだが、もはや40年近い恋となった。

ハンショウヅル。この渋みのある花には惹かれ続ける。
色といいかたちといい独特の気品を漂わせる。藤野には他にミヤマハンショウヅル、トリガタハンショウヅルの2種が分布するが、この稿を準備するにあたって現地調査したけれど再確認できなかった。
藤野に住むようになって、季節ごと身近に目にするようになった。それはうれしいことだったのだが、自動車の入れるような道沿いに生えていたものが年ねん消失していくことに失望とさびしさを禁じ得ない。それはもっぱら人為によるわけで、環境破壊と盗掘の2本立てである。なぜあるがままをたのしめないのか、不思議な気持ちになるし、盗掘者にはあきれもする。仕方がないので種子を採って栽培を試みているが、性来不精なのでうまく発芽、成長させることができないでいる。ものの本によれば栽培は容易である、とされており、自らのずぼらさを反省させられることしきりである。わたしのずぼらは数年前にツルニンジンの栽培に失敗したことでもとうに証明済みだ。
フタリシズカ。花と葉のとりあわせが絶妙。

某日、ある山のふもとでキンランの自生をみつけた。さっそく家族を連れてくる。子供たちにもみせた。みんなこの高貴なたたずまいに見愡れ、しばし言葉を失う。
音楽家のKYOUさんがかねてみたいと希望していたこともあり、雨のなか、彼女も案内した。濡れて輝きを増した花の秘めやかな情熱を感じてもらえたと思う。
環境省レッドデータブック絶滅危惧種(B)に指定されている。2次林を特徴づける小型の蘭である。
キンラン。盗掘されやすい。以前、八王子のある緑地帯のそばに住んでいたことがあるが、中年のご夫婦が堂々と盗掘し、スーパーのビニール袋にいれて笑いながら歩き去るのを、ぼうぜんと見送ったことがある。あの日は、まだ幼子だった長女を抱いていたわたしだった。

マツオウジ。非常に香りがよい。この程度の成長過程なら極上の味となる。
松の切り株に生えていた。最近のように初夏に雨が多い時は多発するようだ。
KYOUさんと歩いた日には彼女に特別なお土産が用意してあった。というのも、松の切り株が転がしてある場所に美味菌のマツオウジが多数発生していることを確認していたからである。
それとKYOUさんがこういった自然の食材に対して偏見のないひとだということを、日頃のつきあいのなかでわたし自身が承知していたことがある。天然キノコというものは、うかつに誰にでもプレゼントはできない。かてて加えて、マツオウジ自体、体質によって軽い中毒をする場合があることが各種の文献にうたわれている。
そのマツオウジだが、食毒の分かれ目は単に体質によるものではないようである。どうもこれまでマツオウジとして扱われてきたキノコは2〜3系統に分類できるらしい。
個人的な観察の結果からいえば、
(1)甘い香りがして、あまり大きくならず、色がオレンジから褐色のもの。
(2)松ヤニのような香りで、おおきく成長し、傘の縁が鋸歯状に切れ込むもの。
(3)姿形は(2)に似るが、つばがあり、色が全体に白っぽい、という3系統である。

ウコギ。うこぎ飯の素材がこれ。若い葉を刻んで塩もみし、炊きあがったごはんに混ぜる。この季節をいかんなく感じさせてくれる。いまや濃密な利用は現代人の生活からは消えた。惜しいと思う。
林縁に多いヤマウコギは日本の風土が育んだ天然ハーブである。香りがよく、昔は「かてもの」として利用され、樹皮は五加皮として漢方にも用いられた歴史がある。樹皮を使った五加皮酒は強壮薬として名高い。
注意をこらせば、どこの林縁にもわりと無造作に生えているので、だれにでもみつけられるだろう。葉をとってもんで匂いをかいでみると判る。柑橘系のさわやかな香りだ。今度、生葉を風呂にいれてみようか、と思っている。

桐の花。この花を目にするたびに20年前にいった桂林を思い出す。
ウツギ。歌にうたわれるほど香りがよい。
ウスタケ。時季外れにモミの樹下に生えていた。

散歩の途中にみかけたものをデジカメに取り込む。今日は巨大なアイタケ(アオドヨウ)もみかけたが、惜しいことに“ば腐れ”が進んでいて撮影の対象にはならなかった。

蕗(フキ)の煮物。器は大野史郎氏。苦味を友と。
野フキでも日向に生えたものは一段とアクが強い。それで樹林下のものをさがす。茎の細い、みるからに弱々しいものだが、料理しだいではすばらしいものだ。
朴(ほう)の木の花。うっとりするような匂い。
遠く近くブッポウソウの鳴く声がする。かれらは夜も鳴く。少し脚を伸ばして相模湖に注ぐ川をおとずれるとカジカのヒュルルル…という美声を聴くこともできる。


センダンの木の花。九州では普通に生えているが藤野fでは珍しい。
秋川橋のたもとにセンダンの花が咲いている。
センダンは「センダンは双葉よりかんばし」のあのセンダンで、センダン科センダン属。
ただし葉や材に香りはなく、花にもかすかな香りがあるだけだ。
名前の由来をたどると、どうやら白檀などの香木と混同されたらしい。ただ、花はうつくしい。セリを思わせる3出複葉に、ゆかしい花紫の小花が密集する。
ほんらい伊豆が自生の北限なのに、ここ藤野で育っているのだから、これも地球温暖化のせいか。
果実や樹皮は薬用となる。果実の核は数珠玉として利用され、材は楽器など用途多数。
かつて佐賀の炭坑の町で育ったわたしだが、隣家におおきなセンダンの木があって、そのシチュエ−ション全体が愛憎半ばする忘れられない思いでとなっている。
             

TOPにもどる

FieldnoteのTOPにもどる