鬼虫とりの日々」 塚原由紀夫 短編小説集 (ばるん舎刊、定価1,000円)
 

 「鬼虫」とはクワガタムシのことである。なかでもミヤマクワガタは現在でも大変珍しく貴重なものであるが、作中に描かれた少年たちの時代(一九五〇年代)にも大変な宝物であった。そのクワガタムシをめぐる少年たちの一夏のエピソードを描いている。
 当時としてもけっして恵まれていない、というよりもかなり悲惨ともいえる境遇なのだが、その状況がたんたと語られながら、少年たちの意気揚々とした明るさ、冒険心がみずみずしく描かれ、読後感はさわやかである。

 二作目は中編「こめかみに穿たれた二つのホールからの報告」。一作目とも重なる主人公のその後が、もっと文学的に複雑な構成で描かれる。仕事中に過労死ともいえる突然死した主人公の残された手記と、主人公の高校以来の友人である「ぼく」が語る、主人公についての思い出、エピソードが交互に語られて、小説は進行する。

 「<二つのホール>とは、今年六十歳になる彼の父親が二十六年前、措置入院されていた精神病院で受けた前頭葉白質切載手術いわゆるロボトミー手術の、今日まで明晰な痕跡のこと」であるという。主人公関谷の手記はこのロボトミー手術から書き出される。
「『破戒』の主人公のように決っして口外してはならぬ秘事」と感じていた関谷の高校時代のエピソード。それらのどちらかといえば暗いエピソードの数々が、文学的にはむしろ昇華され、事実が事実として見据えられ乗り越えられている。このあたりが、この小説が文学作品として成功している理由だろう。

 他に、女性活動家との二十年後の再会を描いて感動的な「落葉の朝に」、ついに自殺にまで追い込まれずにいられなかった母子家庭の悲惨を描く「初冬の暗黒」、不登校の少年テツヤを描いた好短編「空中サーカスのピエロたち」を含む全六編の短編集。